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満洲9:中華民国建国によって、地方では漢民族による満洲民族の虐殺があったが、まだほとんど研究されていない。

『真実の満洲史1894ー1956』(宮脇淳子著・岡田英弘監修、ビジネス社)

以下、メモ。

P134。蒋介石が戦後の国共内戦で敗れて台湾に渡った頃、中国全土で、自分の省以外の全ての人を、「外省人」と呼んだ。(今もそうなのかは不明)

P136。辛亥革命直後の「中華民国」。袁世凱の権力の源泉は清朝から全権大臣に任命されたことである。皇帝は廃位されたが、紫禁城保全されていた。(溥儀は中華民国ができた1912年から12年間、紫禁城でそれまで通り暮らした)。清朝統治機構が残されていた。

P141。中華民国時代、清朝の支配階級だった満洲人は厳しい立場に立たされた。地方では漢民族による満洲民族の虐殺があったが、まだほとんど研究されていない。

P160。1915年、二十一ヶ条要求。これは十四ヶ条プラス希望条項七である。本命の十四ヶ条は日露戦争後に日本と清が決めた内容を中華民国に承認させるためのものだった。(明治政府は江戸幕府が結んだ外国との不平等条約を承認した。国際法を守ればそうするしかない)

P179。1917年、ロシア革命コミンテルンによる孫文へのアプローチ。1919年には、コミンテルンナショナリズムを煽られて五・四運動を起こし、完全な反日へと転換。この年から満洲は中国であると言われるようになった。

P183。ウィルソン米大統領は東アジアでは徹底した反日政策をとり、ロシア革命には寛大な姿勢を示した。

P184。ワシントン会議(1921~1922)。日米英それぞれが孤立。英の凋落。

P188。孫文の妻・宋慶齢が映画『宋家の三姉妹』の中で、「本当に心の底から私の理念をわかってくれるのはソ連だけ」と言って泣きわめくシーンがある。

P235。そもそも関東軍は満鉄とその付帯地を守る鉄道守備隊だった。満洲国ができた時に軍隊がないために、満洲国の防衛隊になった。満洲に略奪、搾取できるものがどれだけあったか?満洲は日本が投資し開発したから発展した。

 

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