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満洲5:1945年敗戦、当時満洲帝国に155万人の日本人がいた。戦後、満洲(中国東北地方)は、中国の重工業生産の九割を占めた。(メモ)

『世界史のなかの満洲帝国』(宮脇淳子著、PHP新書)を読み終えた。最終章を読み終えて少しばかり脱力してしまった。「敗戦後」の満洲の混乱、修羅場があまりに凄惨だから。詳しい記述ではないが、数字がそれを物語っている。以下、メモ、敬称略。P218。昭和11年(1936年)(二・二六事件の年)、岸信介山口県)が陸軍に嘱望されて渡満、産業開発計画を推進。鮎川義介山口県、父は井上馨の甥)の日産財閥を招いた。日産は、日立製作所日産自動車日本鉱業・日本化学工業など130社、15万人を擁していた。当時、満鉄の総裁は松岡洋右山口県)。P225。1930年スターリンが独裁権を掌握。1932年満洲国建国。スターリンはモンゴル政策を転換、それまでの極左政策をやめて経済援助をはじめた(懐柔)。(満洲国がシベリア鉄道を分断できる土地だから)。P230。満洲の地が大きな戦乱に巻き込まれたのは、敗戦後の国共内戦が行われた4年間。P242。日本が満洲に残した遺産。ソ連に多くのものが移送(強奪)された。強制労働。遺産争奪の一例、国民党と共産党が昭和製鋼所・満洲製鉄鞍山本社の政治的支配を争い、その支配権は何度も入れ替わった。P247。戦後の満洲(中国東北地方)は、中国の重工業生産の9割を占めた。

 

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