石井孝5:史伝『勝海舟』。坂本龍馬は勝海舟の門人だった。年齢は勝海舟が13歳上。
石井孝氏の史伝『勝海舟』を引き続き読んでいる。
1866年(慶応2年)7月、将軍・徳川家茂死去、あたりまで読んだ。
まだこの本の半分も読んでないが、いわゆる幕末の激動の渦中。
勝海舟はその後、1899年まで生きる。
「その後」のことも詳述されているのだろう。
著者の石井孝氏は、1909年生まれ。
この史伝に登場する人物の生没年が気になったので、調べながら読んでいる。
勝海舟(1823~99)
姉小路公知(1840~63)
小笠原長行(1822~91)
徳川家茂(1846~66)
徳川慶喜(1837~1913)
西郷隆盛(1828~77)
福沢諭吉(1835~1901)
坂本龍馬(1836~67)
横井小楠(1809~69)
佐久間象山(1811~64)
松平慶永(1828~90)
小松帯刀(1835~70)
塾を開いて指導。
そこに坂本龍馬も出入りしていた。
著者の石井氏は、海舟の塾を一種の政治集団、と指摘している。
竜馬は、勝海舟の「伝令」のような役目もこなしている。
塾生を養えなくなったが、薩摩藩が塾生たちを引き受けた。
この年、海舟41歳、竜馬28歳。
勝海舟が竜馬の「師」であったことは知らなった。
ちなみに西郷隆盛は36歳だった。
勝海舟は、「公共の政」を目標にしていた。
幕府の内政改革における目標だ。
これは徳川慶喜の内政改革における目標とは相容れない。
真逆だ。
徳川慶喜は、将軍を頂点とした「絶対主義」を目指していた。
一度は軍艦奉行を罷免されたが、海舟は再びその職に任じられる。
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