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石井孝4:伝記『勝海舟』。勝海舟が望んだこと、熱望したこと。

石井孝氏の伝記『勝海舟』を読みはじめた。

「はしがき」で石井氏は次のように、本書執筆の動機を記している。

 

≪現在、「海舟ブーム」のさなかにもかかわらず、まだ、これという海舟の伝記は世に出ていないように思う。ジャーナリズムが勝手な海舟像をふりまいているとき、正しい海舟の姿を世に提供することは、維新史を研究対象とする歴史学者の責務ではなかろうか。この衝動に駆られて、私は、(中略)この小編を脱稿した。≫

 

石井氏が「脱稿した」のは、1973年末のことだ。

そのころ「海舟ブーム」があった、しかしまともな伝記がない、ジャーナリズムは適当な、受けを狙った安易で勝手な「海舟像」をふりまいている、だからちゃんとした、海舟の姿が伝わるように、俺が書いた、ということだ。

1973年のことである。

 

「はしがき」からさらに一文、引用したい。

 

≪このようにして私は、海舟を徳川幕府から天皇政府へ政権を円満に譲りわたした功労者としてではなく、その本来の政治路線を貫徹できなかった不遇な「未完の政治家」として描こうとつとめた(後略)≫

 

著者の石井氏は、勝海舟を、立派な「功労者」としてではなく、不遇な「未完の政治家」として描いた、と「はしがき」で宣言している。

勝海舟は、望んでそうしたのではない、しかしそうなってしまった、結果的には何かの「功労者」と呼ばれているが、彼が望んだのは、切望していたのは、そんなことではなかった、ということだ。

じゃあ、勝海舟は、何を望んだのか?何のために人生を賭したのか?

私はこの本に、そうしたことが書かれていることを期待して、読み進めている。

勝海舟:1823~1899

 

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