ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

いろいろ書きます。 メルマガ「偉人列伝」もどうぞ。 ご登録はこちらから。 → http://www.mag2.com/m/0001682071.html

森鷗外15:『渋江抽斎』=『抽斎とその時代』。幕末前夜の江戸、抽斎亡き後、一家は荒波の中をどのように生きたのか。

渋江抽斎』を引き続き読んでいる。

抽斎が死んでしまって、その続き、どうしようかと迷いながら、それでもぼちぼちと読み進めた。

 

抽斎の妻・五百(いほ)が、文に武に、見事に家を守っていく、このことは前に書いた。

 

読むのが辛かったのは、抽斎の死ののちの記述が、まず、抽斎の思想・学問についての話だったからだ。

現代では孔子荘子、仏法といったものを軽視する風潮があるから、私もご多分にもれず、それなりに「学問」に打ち込んできたつもりではあるが、漢字ばかりがずっと、延々と続いて書かれてあると、元気がある時はいいが、読み疲れている時にそうなると、読むのをやめたくなる。

そして抽斎の死が書かれたすぐ後だったから、私自身、喪失感というのも変だが愕然としてしまって、それでその辺りは、ざっと目を通すだけにした。

 

ただし漢字の羅列とはいっても、ちゃんとルビ・読み仮名が振ってあるから、読もうと思えば読めるのだ。

古い本だから文字が小さい、ルビ・読み仮名はさらに小さいから、目を凝らす必要がある、これが難点だが仕方がない。

 

では、抽斎の思想・学問とは、どのようなものだったか?

私の手には負えないが、抽斎の著述がいくつか引用されているから、そのうちの一文だけ引用しておきたい。

 

≪「およそ学問の道は、六経を治め聖人の道を身に行うを主とすることはもちろんなり。(後略)≫

 

「身に行う」、ここが重要だと思う。

 

抽斎が死んだ時、未亡人・五百は43歳で、四子二女(男子4人、女子2人)が遺された。そしてこの時抽斎の子で、すでに亡くなっていたのは、三子五女。

 

遺された「子」とは言っても、先妻との「子」は24歳になっていた。

また抽斎の家の嫡男は、まだ2歳だった。

 

抽斎没後、彼らの「成長」が多く綴られている。

成長とはいえ、品行が良くなるとは限らないし、逆もまたしかり。

24歳だった「子」は、品行が良くなったり悪くなったりしていて、ついに養子先の父に切腹を宣告されそうになるが、継母である五百の提案で切腹案は斥けられた。

五百の提案は、次のようなものだった。

 

≪自分も一死がその分であると信じている。しかし晴れがましく死なせる(注:切腹による死)ことは、家門のためにも、君侯のためにも望ましくない。それゆえ切腹に代えて、金毘羅(こんぴら)に起請文を納めさせたい。悔い改める望の無い男であるから、必ず冥々のうちに神罰を蒙るであろう≫

 

養子先の父は、五百の提案を受け入れた。

五百はその放蕩息子に起請文を書かせ金毘羅へ納めに行ったが、起請文は納めずに、息子の行く末のことを祈念して帰った。

 

私は「その76」まで読んだが、まだその先妻との子、24歳になっていた男の行く末を知らない。

 

抽斎の嫡男・成善は上記の切腹うんぬんの事件の時、六歳だった。

渋江家を継ぐ者として、切腹させるべきか、あるいは別に方法はあるか、というような「親族会議」に参加した。六歳の少年がである。

成善は、六歳にして藩主(津軽家)から奨学金を賜った。

≪主なる経史の素読をおわったためである。≫

 

なお、成善は4歳で藩主の近習となり、たびたび屋敷に出仕したが、その際に幼い成善の世話をしてくれた中小姓の若者がいた。

その若者のことも記録されている。

後に成善の姉婿になる人物である。

面倒見のいい爽やかな若者のようである。

しかし誰しも聖人君主ではない、不条理といおうか残酷といおうか。

現代ならば彼は「女の敵」とでも呼ばれかねないエピソードもある。

 

抽斎存命中、七歳の娘が亡くなった。

現代ではない。幕末前夜、父母に先立つことは稀ではなかったのかもしれない。

その子は美しい子で、誰もがその容姿を褒めた。

その子の妹はこう言ったそうだ。

≪「お母さまのお姉さんを褒めるのを聞いていると、わたしなんぞはお化けのような顔をしているとしか思われない」≫

≪「大方お母さまはわたしを代わりに死なせたかったのだろう」≫

 

他にも、安政の大地震のこと、ペストの流行、相撲で番狂わせがあって勝った力士が殺害されたこと、など、この頃の出来事が折々記録されている。

 

江藤淳氏の著書に、名著『漱石とその時代』があるが、私はこの『渋江抽斎』を読みながら、この書は『抽斎とその時代』としても良いのではないかと思った。

 

渋江抽斎:文化2年~安政5年(1805~1958)

 

――

メールマガジン「偉人列伝」
ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html