ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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「どこから来て、どこへ行くのか?」『寄生獣』あるいは漱石の『夢十夜』あるいは『文鳥』という短編。柄谷行人著『内側から見た生ー漱石試論(二)』を読んでいる。

高校の授業で漱石の『こころ』を読んだ。

私は読書家ではなかったし、読書が特別おもしろいとは思っていなかったが、友人がこの授業の時に、先生の解釈に異議を唱え、噛みついていた(穏やかに)ので、『こころ』が、気にはなっていた。

 

後年、今度は『夢十夜』がおもしろい、とその友人が言うので、これも読んでみた。短いので、すぐに読めた。

 

私は、変わった小説があるものだと思ったが、これのどこがそれほど重大なのだろうかといぶかった。

 

しかし、一度読むと、忘れられないものが残った。それは何か?

 

柄谷行人の『畏怖する人間』を、気が向いたときに開いている。

短い論考が多いし、少しだけ読んでもおもしろいので、忙しい時にはもってこいだ。

 

漱石の作品は、短いものはとても短い。

手紙はもちろん、とても短い。(「書簡集」として出版されている)

長編もいいけど、短いものこそが、いい時もある。

 

柄谷氏は、『内側から見た生ー漱石試論(二)』を、漱石が書いた英詩の引用からはじめ、そして、

 

≪「私」はどこからきて、どこへ行くのか、こういう問いに「答える」ことはできない。≫(P74)

 

と続けている。

 

どこから来て、どこへ行くのか?

中学生や高校生、大学生それから若者たちは、「それって、『寄生獣』なんじゃないの?」と言うかもしれない。

 

マンガでブレイクして、実写版の映画にもなった『寄生獣』。

登場人物たちは考えた。

 

「どこから来て、どこへ行くのか?」

 

柄谷氏の論考を数行読んでみて、今時の若い連中も、当たり前のことだが、こんなことを考えてもいるのだなと、ふと思ったわけです。

 

 

吾輩は猫である』という長い作品があるが、これも実は『夢十夜』同様に、話の筋がない作品で、だから一気に読もうとしないで、気が向いたときにパラパラと読む、そういう読み方が正しい!と思う。

 

私は長いこと『吾輩は猫である』を敬遠してきたけれど、これまた別の友人が、おもしろい、というので、頑張って読んでみたわけです。

 

それで分かったことは、小説には、話の筋のないものもある、ということです。

そう思って読んでみれば、実に様々な事件なり騒動なり、てんこ盛りな小説です。

 

こういう小説が好きな人が多いということは、この小説が博してきた名声が証明している。

 

寄生獣』の次は、『夢十夜』あるいは『吾輩は猫である』かな。

 

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