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『日本近代文学の起源』(柄谷行人著、「定本柄谷行人集1」)を読んでいる。

先日、メルマガ「偉人列伝」10月号の第三弾、を配信しました。

5万字にはわずかに届きませんでした。

小説の続きと読んだ本の雑感です。

 

しばらく柄谷行人氏の『哲学の起源』をくりかえし読んできましたが、少し前から、『日本近代文学の起源』をふたたび読みはじめました。

 

以前きちんと読まなかった部分を読んでいたら、これまたおもしろくて、気が付くと熟読、再再読していました。

そしてやっぱり最初から読んでみようという気になったというのが今です。

 

この『日本近代文学の起源』という論考集は、1970年代後半に書かれたエッセイを集めたもの、とのことで、初版のあとがきは1980年七月、となっています。

それから文庫版あとがき、英語版あとがき、ドイツ語版・韓国語版・中国語版それぞれの序文、も「定本」には収録されています。

 

あとがきや序文が、本文に劣らずおもしろい、というのはよくあることで、こちらも丹念に読んでいます。

 

「英語版あとがき」には次のように書かれています。

 

近代文学が西洋に固有の「転倒」の所産であるとしても、その性質は、当の西洋(そこでは起源が隠蔽されている)よりも、非西洋国において、より劇的に示されるのではないだろうか、と。私が、明治二十年代の十年間の文学に焦点を当てた理由はそこにある。≫

 

この柄谷氏の試みの成果、つまりこの論考集は、衝撃的です。たしかに、「劇的」に近代化とその「性質」が示されている。

近代化の過程で、「日本」が生まれた。

その同一性(ネイション)の中核として、「文学」が機能した。

「文学」の誕生と「日本」(ナショナリズム)の誕生は、時を同じくした…。

 

余談だが、文庫版あとがきもおもしろかった。

柄谷氏はこの本を、どのような時に構想したのか。以下あとがきから。

≪何もかも基礎からやり直してやろうという気持ちになったのである。それは、半ばやけくその、しかし底抜けに透明な気分だった。≫

 

このようにして、名著『日本近代文学の起源』が誕生した。

 

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