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『世界宗教について』(柄谷行人著『言葉と悲劇』所収)文芸批評は、文藝の単なる一ジャンルではない。 「読み」のプロフェッショナルによる、「読み」の開示だ。

やっぱりおもしろい、柄谷行人

 

世界宗教について』では、フロイトスピノザが主役と言っていいと思う。

フロイト精神分析の祖として、非常に有名で、『精神分析入門』だとか「夢判断」だとかの著書の作者としても有名だ。

そのフロイトが一風変わった本を書いていてそれが尋常でなくおもしろいのだ。

 

『モーゼと一神教』とか『トーテムとタブー』とか、あるいはアインシュタインとの手紙のやり取りなんかもあって、書籍化されている。

 

柄谷氏の要約の仕方がすばらしい。

『トーテムとタブー』において、共同体の宗教の起源について語ったとすると、

『モーゼと一神教』において、世界宗教の起源について語ろうとした、と。

 (フロイトの著書なので、「心理」から推理している場面が多々ある。並みの推理小説なんかより断然面白い。)

 

私がこの二冊や、それ以外にもフロイトの著書はよほど手に入りにくいもの以外はおおかた読んだが、なぜ読んだのかと言えば、柄谷氏の本を読んだからだ。

 

芋づる式読書法とかなんとか言われている読み方だろうと思う。

柄谷氏の言っている(書いている)ことは、本当なのか?

だとすればそれはすごいことだ、というわけで、そこで参照されている本を実際に読んでみる。

 

フロイトスピノザ、それからウィトゲンシュタインもよく言及されるのだが、彼らの著書は日本語に翻訳されたものでも難しいものも多々ある。(原書の方が読みやすい?のかも)

入門書もけっこうあるのだが、意味不明だったり、おもしろくないものも多々ある。

 

しかし柄谷氏の本を読んでからだと、まず読むための手法というかポイントが、そして何より、その面白さを体感してしまっているので、古典的名著と呼ばれるそれらの本も、比較的読み進めることが容易になる。

そして意外なことかもしれないが、古典的名著と言われるような本は、実におもしろい。おもしろいから読み継がれている、当たり前と言えば当たり前。

 

柄谷行人は、今でこそ思想家と呼ばれるにふさわしい人物だが、そもそもは文芸批評家から出発している人だ。

だから書くだけでなく、「読む」ことのプロフェッショナルなわけです。

しかも、いくら高尚なことを言っていたとしても、それが売れなければ文芸評論家として存在できない、だからおもしろくなければならない、そして柄谷氏は、生き残っている、だから、おもしろい。

過去の人としてではなく、現在も活躍する文芸批評家・思想家として。

 

というわけで、文藝評論家=批評家の著書を読むと、名著が読めるようになるし、ブックガイドとしての機能も併せ持っている、ということが言いたかった…。

 

文芸批評は、文藝の単なる一ジャンルではない。

「読み」のプロフェッショナルによる、「読み」の開示だ。

話を『世界宗教について』という講演に戻します。

今回もまとめません。

 

まず、フロイトは宗教を集団神経症としてとらえた、という。

集団ヒステリーと言ってもいいと思う。

フロイトはさらに、人間は根本的に神経症的なのだ、と認識していた、という。

で、フロイトは、集団神経症にかかると、個人神経症が治るということを指摘している。

 

戦争になると神経症が治る、というような話はよく聞くのだが、これはフロイトから来ているのかもしれない。

柄谷氏のここでの話では、集団神経症は、宗教、とのことだが。

 

で、柄谷氏は、どんな宗教でも一般的に流行っている時には、呪術的なものがあるという。信仰に入ったおかげで病気が治ったとか、商売がうまくいったとか、

祈れば何とかしてくれる、それは本質的に呪術的であるという。

世界宗教について』という講演で何が語られたのか、ほんのさわり程度しかここでは書いていないが、今回はここまでにします。

 

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