ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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『江戸の注釈学と現在』(柄谷行人著、『言葉と悲劇』所収)。小林秀雄がポスト構造主義の先駆けなのか?

日本におけるポスト・モダン(脱構築)は、実にすんなりと西洋から輸入された。

それはなぜか?

それは日本に、ポスト・モダンの下地があったから、つまり西洋においては前衛的・最先端と考えられているポスト・モダン(ロゴス中心主義に対する批判)というものを、日本では江戸時代に伊藤仁斎荻生徂徠本居宣長らによって、すでに経験している、だから西洋のポスト・モダンが抵抗なく受け入れられた、というのが柄谷氏の仮説です。

 

江戸時代、当然その当時は、ロゴス中心主義、などという言葉はなかった。

それは「理」の批判である。

 

それを歴史的文脈で考えてみると、どうなるか。

 

戦前の「近代の超克」の「イデオローグ」は、反西洋的な西洋の思想を摂取・吸収した。そして日本には、「ロゴス中心主義批判」に似た伝統がある。

だから、

現代のポストモダンの行き着く先は、「近代の超克」の諸派の再版に帰着する。

柄谷氏はこのように考えた。

 

このようにして考えてみると、日本にポスト・モダニズムが大流行したのは、もともと日本にそのような伝統があって、それが再び流行したということであり、その再流行の先駆けとなった人のひとりに、小林秀雄がいる、ということになる。

 

柄谷氏は、「近代の超克」の「連中」を高くは評価していないように見える。

行き着く先は、戦前の「近代の超克」の「イデオローグ」と似たようなものになると考えている。つまり、このような方向に進んでも、近代を超克することなどできはしない、と考えている。

 

※『江戸の注釈学と現在』は、1985年に行われた講演録。