ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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『江戸の注釈学と現在』(柄谷行人著、『言葉と悲劇』所収)。

前回の『「理」の批判』が収録されている柄谷氏の講演録『言葉と悲劇』という本を読んでいる。

パラっと開いて惹きこまれてしまったのが、前回書いた講演録なのだが、またパラっと見てみると、その講演録の前に、『江戸の注釈学と現在』1985年があった。

(ちなみに『「理」の批判』は、1986年1月でした)

 

「江戸の注釈学」というのは、今では「国学」とひとくくりにされるものなのだろうと思う。

ここでの中心は、伊藤仁斎荻生徂徠本居宣長

 

柄谷氏の文章は、時々、どうしようもなく難しい時があって、投げ出したくなることがあるのだが、この講演録もはじめの方を読んでいて、読み進めるのをやめよう、と思った。

 

しかしまた、ざっと、結語まで文字を眺めてみたら、≪いうまでもなく、僕は宣長に対して批判的です。≫という一文にぶち当たった。

 

これは実に不可解なことだと、即座に思ったわけです。

『「理」の批判ー日本におけるモダンとポストモダン』においても、宣長を中心に語られていたわけだが、そこでは「批判的」であるとは到底感じられなかったから。

 

もちろん批判という言葉を、吟味、という意味に重きを置くものと考えれば、納得できるが、一般的な「批判的」という言葉の使用法から考えると、不可解だ。

 

というわけで、眠くなるところは少し省いて、伊藤仁斎についての話のところから読み進めました。

 

冒頭で柄谷氏は「最近は江戸ブームといわれていますね」と語っている。

小林秀雄は晩年、十数年をかけて「本居宣長」を書き続けたし、また江戸期の注釈学者(国学者)について、江藤淳氏も書いている。

 

小林秀雄はその重厚な「本居宣長」において、伊藤仁斎についてもかなり詳しく書いていたと記憶している。伊藤仁斎という人物の迫力が伝わってきた。

 

柄谷氏の描く伊藤仁斎は、理解しやすいのだが、あまりに分かりやすくて迫力は伝わってこない。しかし、それにしても分かりやすくまとまっている。

(私が分かりやすい、と思うのは、小林氏や江藤氏のものを読んだからかもしれない。)

 

今回は、伊藤仁斎についてのところまでしか読んでいないので、柄谷氏がなぜ、

≪いうまでもなく、僕は宣長に対して批判的です。≫と書いたのか、それは分からない。続きを読めばわかるのだろうと思う。それは次回。