ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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「小林秀雄の『本居宣長』を読む」(1)ひんがしの のにかぎろいの たつみえて かえりみすれば つきかたぶきぬ

柿本人麻呂という人の有名な歌です。

 

小林秀雄氏の『本居宣長』という古い本を読んでいたら、ふと、ひょっとしたら、私の祖父もこの本を読んでいたかもしれない、という気がしてきました。

それで小林秀雄の生年を調べてみたら、1902年、明治。祖父の生没年を覚えていないので分からないが、小林秀雄と世代的にはそんなに違わないはずなので、読んでいたとしても不思議ではない。

 

学問とは無縁な人だったと思うが、仏の教えというか仏教というか、お経というか、仏にまつわる知見は、深かったのかな、と思う。

あるいは、「もののあわれを知る」ということについての認識が。

 

そう思うのは、私が思い描く祖父のイメージであって、実際、祖父と話をした記憶は、ひとつもない、全くないのだが、なぜか、『本居宣長』から伝わってくる小林秀雄氏のことばが、祖父のことばのように感じられることがある。

 

〇いにしえの 文を読みつつ 空みれば もののあわれは 知らるべきかな

〇あわれとは 哀しきことと な思いそ 喜も怒も楽も みなつれづれなり

 

つづきを読みたいと思う。

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