ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

いろいろ書きます。 メルマガ「偉人列伝」もどうぞ。 ご登録はこちらから。 → http://www.mag2.com/m/0001682071.html

浅田彰とポスト・モダン。江藤淳、吉本隆明。1988年、江藤淳と吉本隆明の両氏が対談をした。

浅田彰とポスト・モダン。江藤淳吉本隆明。1988年、江藤淳吉本隆明の両氏が対談をした。
この対談は、現在の私たち、中高年の物の見方・考え方を省みるための、優れた対談だと思う。
1988年当時、それはどんな感じの時代だったのか。
両氏はそれぞれの仕方で、ポスト・モダン(=ポスト構造主義)を批判しておられるが、「ふつうの日本語」でなされている。
時に専門用語も見られるが、だいたいにおいて、誰もがわかる、日常的なことばの掛け合いだ。

対談のタイトルは「文学と非文学の倫理」という、難しいものだが、その対談は、実感のこもった言葉にあふれていて心地いい。

江藤淳氏が見切っていたように、ポスト・モダンは根が深い。現在の日本はいまだ、1983年から現在まで、ポスト・モダンに毒されたままだ。
トリエンナーレ中止事件」が明るみにしたことは、そのことだ。
これが何を意味するのか。
これまでその毒は、ひそやかに水面下で、それとは知らずに日本を毒してきた。
それが今、明るみに出た。
やっと今、ポスト・モダンの終焉が始まったという事だ。
近年、江藤淳氏の著書があらたに復刻されているらしい。
江藤淳ブーム」があるという。
これは、ポスト・モダン(=ポスト構造主義)の「終わりの始まり」を示すものだ。


「40歳になったら自分の顔に責任を持て!」というような言葉をどこかで聞いたことがある。
有名な言葉なのだろう。
この言葉の意味は、顔・表情を含めて、姿かたちや立ち振る舞いなど、自分のすがたに、責任を持て、ということだろう。
私は、浅田彰(62才)にこの言葉を投げつけたいと思う。