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故・江藤淳氏の本を開いた(3)

 

江藤淳氏の著書『小林秀雄』(角川文庫)を読んでいる。

小林秀雄の文章が多く引用されている。

 

 

以下引用。

 

 

≪思想の力は、現在あるものを、それが実生活であれ理論であれ、ともかく現在在るものを超克し、これに離別しようとするところにある≫(「文学者の思想と実生活」)P248

 

 

≪叛逆や懐疑や飢餓を感じていない精神とは、その特権を誰かに売り渡してしまった精神に過ぎない。

精力的な精神は決して眠りたがらぬ。

…本能的に危険を避ける肉体は常に平衡を求めている。

満腹の後には安眠が来る様に出来ている。

だが、精神は新しい飢餓を挑発しない様な満腹を知らない。

満足が与えられれば必ず何かしら不満を嗅ぎ出す。

安定が保たれている処には、必ず均合いの破れを見付け出す。

単に反復を嫌うという理由から進んで危険に身をさらす。≫(「『悪霊』について」)P248

 

 

≪…しかし、事態は少しもましにはならないだろう。

一切の制約は勿論の事、およそ在るものに満足せず、無いものへの飢渇に憑かれた精神というものの邪悪な正体はいよいよ明らかになるばかりであろう。

飢えは飢えを呼び、苦痛は苦痛に次ぐだろう。≫(同前)P249

 

 

≪人間はまず何をおいても精神的な存在であり、精神はまず何をおいても、現に在るものを受け納れまいとする或る邪悪な傾向性だ。

ドストエフスキにとって悪とは精神の異名、ほとんど人間の命の原型ともいうべきものに近づき、そこであの巨大な汲みつくし難い原罪の神話と独特な形で結ばれていた。

悪は人格の喪失でもなければ善の欠如でもない。

彼の体験した悪の現実性に比べれば、倫理学や神学の説く悪のディアレクティックなどが何だろう。

人道主義唯物論の語る悪の原因なぞが、何を説明して入るのか。

そういうものは、あらゆる希望を失った者の持つ大胆さだけが、悪を理解させると体験によって知ったこの人物には、笑うべき○語と見えた。

彼は悪の謎を解こうとも、これから逃れようともしなかった。

そういう方法があるとも手段が見つかるとも考えなかった。

ただ絶望の力を信じる事、悪のうちに身を焼く事、という一条の血路が残された。

それは熟慮の結果、多くの血路のうち彼が選んだ一つの血路という様なものではなかった。

運命が彼に尋常な生き方を禁じ、彼は単に運命の免れ難い事をはっきり知ったのである。≫(同前)P250

 

 

以上引用。

 

 

 

 

読み終えた。

小林秀雄の半生を、江藤淳氏の評伝によって体感することができた。

読んでよかった。

 

 

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