ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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メールマガジン「偉人列伝」10月号を配信しました。

メールマガジン「偉人列伝」10月号を配信しました。

月50000字には届かず、10月は今号で合計32,000字です。

ですので今月中に臨時増刊号を配信する予定です。

 

今号は小説の続きが中心です。

 

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久々に北方謙三の『三国志』を開いてみた。来たよ来たよ、ニューキャラクター登場!

若い頃、北方謙三の小説にどっぷりと浸かっていた時期があって、新刊が待ち遠しく、新刊が出るまで、既刊のものを読みまくった。

50冊~100冊くらい?相当に読みました。

 

それである時期を境に、全く読まなくなってしまったが、折角全巻揃っているからと、本棚から箱入りの三国志全集を引き出して、第一巻を、よし読むぞ、と少々気合を入れて、開いてみた。

10ページくらいは読んだと思う。

そうそう、こんな感じだった。

関羽張飛劉備玄徳と出会う、その場面だ。

私には北方氏が書いた三国志、これは真似できないなあと諦めつつ、関羽張飛を半々くらいにブレンドした登場人物がひらめいた。

 

よし、この人物で行こう。

というわけで、ニュー・キャラクターが私の小説に登場しました。

 

関羽も捨てがたいが、やはり一番は、張飛かなあ…。それとも曹操

 

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メルマガ「偉人列伝」10月増刊号を配信しました。小説が勝手に走り出して…。

メルマガ「偉人列伝」10月臨時増刊号を配信しました。

毎月10万字書いてやろうと思い立ったのがちょっと前。

これは無理でした。

「居眠り磐音」の作家、作家の中の作家・猛者・佐伯泰英氏にはかないません。

しかし、ひと月で、5万字?ならいけそうです。

ただし、小説の登場人物がしっかりと走ってくれたら、あるいは歩いてくれたら、です。

 

というわけで、今月はとりえず2万字はクリアー、来週また配信します。

こうご期待。(あと三万字かあ…)

 

 

「まあまあ面白いよ、嘘だけど(笑)」

(これは登場人物の五代君)

 

□五代さん、ちゃんと宣伝してください、これでは誰も購読してくれません□

(これは登場人物ならぬ登場AIのエンジェル)

 

五代君さあ、こんな時にふざけるのはやめてくれないかなあ、誤解されるじゃないか

(これは登場人物の唯書)

 

「バカ唯書、誤解されるに決まってるだろ、言語にはもともとそういう悲劇性が備わってるんだよ、読んだんだろ、柄谷の例の本」

 

言語には不可避的に錯誤がともなう、それはそうだよ、だけどわざわざ誤解されるような言い方しなくてもいいじゃないか

 

「じゃあ答えてみろよ、誤解されるような言葉が誤解されてしまう、それはつまり否定の否定ってことで、正解なんじゃないのか?」

 

このへんでやめておこう、さらにこんがらがりそうだから…

 

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『ファシズムの問題』『安吾その可能性の中心』(柄谷行人著『言葉と悲劇』所収)

今回は『ファシズムの問題』の後半と『安吾その可能性の中心』全部を読んだ。

どちらも以前読んだことはあるが、初見のような面白さがあった。

 

ファシズムの問題』の方の副題は「ド・マン/ハイデガー/西田幾多郎」だ。

ハイデガー西田幾多郎の思想の、どういうところに限界があるのか、どういう点を柄谷氏が評価しないのか、そのあたりが興味深い。

 

ごくおおざっぱに言えば、両者ともに、その思想が「国家」に回収されてしまう、厳密に国家主義と言っていいか分からないが、そうなってしまう、そのあたりだと思う。

(ちなみに柄谷氏は、西田の論文「世界新秩序の原理」は、大東亜共栄圏の意味づけのようなものであると指摘している。また西田は海軍と結びついていたと。どのように結びついてたのかはここには書かれていない。)

 

西田幾多郎の「絶対矛盾的自己同一」とか、「周縁のない円」という言葉が、説明されているが、これらの言葉には、感銘を受ける。

ちなみに西田がいう「周縁のない円」とは、スピノザのいう「無限」と同じものである、と説明されている。(柄谷氏はスピノザを高く評価している)

 

思想的に西田がどこで「つまづいた」のか、その話が実に興味深い。

 

安吾その可能性の中心』の方は、読めばどうにも坂口安吾を読みたくなってくる。

 

ちなみに、ここで坂口安吾永井荷風を批判したことが書かれている。

柄谷氏は安吾の批判を要約して、≪それは「他者」に出会っていないという意味です。≫と書いている。

「他者」という言葉はキーワードだから早合点は禁物なのだが、ともかく柄谷氏も安吾の批判を評価している。

なぜここで永井荷風批判があるのか?深読みすればそれは、「江藤淳批判」だ。

江藤淳永井荷風を感動的な評伝で描いた。

また江藤淳氏は海軍と深いかかわりを持つ。(ただし敗戦の年、江藤氏は13才)

たんなる「深読み」に過ぎないかもしれないが。

ファシズムの問題』の結論は、≪一般性と個体性という対で考えるかぎり≫ダメだと。≪外部性と単独性の問題≫を徹底的に考えないとダメだ、ということだ。(「一般性」「個体性」「単独性」、これらの用語は柄谷氏独自の意味合いがある。)

 

安吾その可能性の中心』の方は、安吾が俗に「小説家」として知られるように、書いていることが一見平明なので、安吾の著作からの引用文も読みやすい。

 

一方の『ファシズムの問題』は専門用語が厄介だが、少しは分かったような気になれた。西田幾多郎に興味のある人には、柄谷氏の吟味・批判が参考になると思う。

 

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『スピノザの「無限」』(柄谷行人著『言葉と悲劇』所収) スピノザの考えには、歌を詠むことと似た効用がある。

スピノザには、『エチカ』という有名な著作がある。

柄谷氏はこの講演のはじめに、

≪そもそもスピノザの本は、哲学的教養などなくても誰が読んでも面白いものです。≫

と言っている。

デカルトの著書『方法序説』もしかり、と。

 

この講演では、スピノザの魅力が存分に語られている。

 

夏目漱石の『草枕』に、悲しみの克服方法として短歌を読む、というようなことが書いてあった。

それはどういうことかというと、悲しみという情念にとらわれてどうしようもない時に、その自分の悲しみを歌にする、言葉を選び、詠歌の作業に心を振り向ける、そうすることで、少なくともその時だけは、悲しみという情念から解放される。

そんなようなことだったと思う。

これと似たようなことを小林秀雄も書いていた。

 

スピノザの場合は、詠歌を勧めるわけではない。

理性や意志によって情念あるいは感情を克服することはできない。

しかし、悲しみにしろ怒りにしろ、なぜ自分は悲しんでいるのか、なぜ自分は怒っているのか、そのことを考えることはできる。

そうして考えている間だけは、少なくとも情念から自由である、と。

 

柄谷氏は学生の頃、アランの著作を通して、スピノザのこのような考えを知り、感銘を受けたそうだ。

 

実は私も学生の時に、授業でアランの著書を読んだ。

一般教養としての哲学の授業だったと思う。

悲しみや怒りといった情念にふりまわされてしまう、というのは恐らく年齢に関係ないが、それでも年を重ねるごとに、その経験は積んでいかざるを得ない。

経験を積めば、なんとか乗り切ることができるかもしれない。

しかし若者は、中年や老人と比較して、そのような経験が少ない。

 

だから大学の授業でアランが教科書として使われたのだな、と思う。

教授のそのような配慮が今にして分かった。

(今でもアランの著作は容易に手に入れられる。新訳もあるようだ。)

 

 

柄谷氏は、アランは基本的にスピノザ主義者だったと思う、と述べている。

 

スピノザによれば、われわれの「想像」(宗教やイデオロギー)は、それ自体不可避的である、という。しかしその「原因」を知ろうとつとめることはできる、という。

 

柄谷氏は、この講演を次のように結んでいる。

スピノザがいたということは、僕を勇気づけてくれるのです。≫

 

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映画『レッスン』(アントニオ・バンデラス主演) 知る人ぞ知るアントニオ・バンデラスが、なんと社交ダンスの先生!「中二病?」それとも「中三病?」

今やあのアントニオ・バンデラスが中年になってしまった。

その彼が、なんと、こともあろうに、「社交ダンスの先生」を演じている。

不良高校生たちが、彼の指導で、ハチャメチャな社交ダンスを、マスターする。

 

アントニオ・バンデラスの憔悴しきった感じが、実にいい。

憔悴しきっているが、踊る!

 

調べてみたらスペイン出身なんだそうだ。

1960年生まれだから今は60才か。

 

ちなみにこの映画は、2007年ということだから、彼はまだ40代後半だったことになる。

見た目は憔悴している中年のオッサンが、踊ると冴える。

 

私は、社交ダンスをなめていた、この映画の社交ダンスは社交ダンスのイメージを変えるかもしれない、実話に基づいている映画で、アメリカでは、アントニオ・バンデラスが映画の中で経営していた「社交ダンス教室」が、全米で急速に広がって、120だったかな、そのくらいの教室が、各地にできたようだ。

 

フラメンコ?

タンゴ?

いろんな踊りと様々な音楽が交錯して、実にいい映画でした。

こういう「直球勝負」の映画もいい。

 

 

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『世界宗教について』(柄谷行人著『言葉と悲劇』所収)文芸批評は、文藝の単なる一ジャンルではない。 「読み」のプロフェッショナルによる、「読み」の開示だ。

やっぱりおもしろい、柄谷行人

 

世界宗教について』では、フロイトスピノザが主役と言っていいと思う。

フロイト精神分析の祖として、非常に有名で、『精神分析入門』だとか「夢判断」だとかの著書の作者としても有名だ。

そのフロイトが一風変わった本を書いていてそれが尋常でなくおもしろいのだ。

 

『モーゼと一神教』とか『トーテムとタブー』とか、あるいはアインシュタインとの手紙のやり取りなんかもあって、書籍化されている。

 

柄谷氏の要約の仕方がすばらしい。

『トーテムとタブー』において、共同体の宗教の起源について語ったとすると、

『モーゼと一神教』において、世界宗教の起源について語ろうとした、と。

 (フロイトの著書なので、「心理」から推理している場面が多々ある。並みの推理小説なんかより断然面白い。)

 

私がこの二冊や、それ以外にもフロイトの著書はよほど手に入りにくいもの以外はおおかた読んだが、なぜ読んだのかと言えば、柄谷氏の本を読んだからだ。

 

芋づる式読書法とかなんとか言われている読み方だろうと思う。

柄谷氏の言っている(書いている)ことは、本当なのか?

だとすればそれはすごいことだ、というわけで、そこで参照されている本を実際に読んでみる。

 

フロイトスピノザ、それからウィトゲンシュタインもよく言及されるのだが、彼らの著書は日本語に翻訳されたものでも難しいものも多々ある。(原書の方が読みやすい?のかも)

入門書もけっこうあるのだが、意味不明だったり、おもしろくないものも多々ある。

 

しかし柄谷氏の本を読んでからだと、まず読むための手法というかポイントが、そして何より、その面白さを体感してしまっているので、古典的名著と呼ばれるそれらの本も、比較的読み進めることが容易になる。

そして意外なことかもしれないが、古典的名著と言われるような本は、実におもしろい。おもしろいから読み継がれている、当たり前と言えば当たり前。

 

柄谷行人は、今でこそ思想家と呼ばれるにふさわしい人物だが、そもそもは文芸批評家から出発している人だ。

だから書くだけでなく、「読む」ことのプロフェッショナルなわけです。

しかも、いくら高尚なことを言っていたとしても、それが売れなければ文芸評論家として存在できない、だからおもしろくなければならない、そして柄谷氏は、生き残っている、だから、おもしろい。

過去の人としてではなく、現在も活躍する文芸批評家・思想家として。

 

というわけで、文藝評論家=批評家の著書を読むと、名著が読めるようになるし、ブックガイドとしての機能も併せ持っている、ということが言いたかった…。

 

文芸批評は、文藝の単なる一ジャンルではない。

「読み」のプロフェッショナルによる、「読み」の開示だ。

話を『世界宗教について』という講演に戻します。

今回もまとめません。

 

まず、フロイトは宗教を集団神経症としてとらえた、という。

集団ヒステリーと言ってもいいと思う。

フロイトはさらに、人間は根本的に神経症的なのだ、と認識していた、という。

で、フロイトは、集団神経症にかかると、個人神経症が治るということを指摘している。

 

戦争になると神経症が治る、というような話はよく聞くのだが、これはフロイトから来ているのかもしれない。

柄谷氏のここでの話では、集団神経症は、宗教、とのことだが。

 

で、柄谷氏は、どんな宗教でも一般的に流行っている時には、呪術的なものがあるという。信仰に入ったおかげで病気が治ったとか、商売がうまくいったとか、

祈れば何とかしてくれる、それは本質的に呪術的であるという。

世界宗教について』という講演で何が語られたのか、ほんのさわり程度しかここでは書いていないが、今回はここまでにします。

 

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