ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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漱石の『虞美人草』。つづきは、メルマガ「偉人列伝」八月号で配信します。ちなみに、『虞美人草』の圧倒的な結末ののち、「甲野さん」の親友「宗近君」は、仕事でロンドンへ行ってしまいます。当面の間、帰ってきそうにない。そして漱石の作品では、以後、「宗近君」のような人物は二度と登場しない。

東京で博覧会が開催されていた。
京都から、小野さんを頼って引っ越してきた孤堂先生とその娘小夜子は、小野さんに、博覧会を案内してもらった。凄い雑踏である。足の踏み場もない。ただ押されるばかりである。孤堂先生は危うく転倒しそうになりながらも何とか、先に待つ小野さんに追いついた。

 

≪「どうも怖ろしい人だね」と追い付いた孤堂先生がいう。怖ろしいとは、本当に怖ろしい意味でかつ普通に怖ろしい意味である。
「随分出ます」
「早く家へ帰りたくなった。どうも怖ろしい人だ。どこからこんなに出て来るかね」
小野さんはにやにやと笑った。蜘蛛(くも)の子のように暗い森を蔽うていたる文明の民はみな自分の同類である。
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖ろしい所だ」
数(すう)は勢いである。勢いを生む所は怖ろしい。一坪に足らぬ腐れた水でもおたまじゃくしのうじょうじょ湧く所は怖ろしい。いわんや高等なる文明のおたまじゃくしを苦もなくひり出す東京が怖ろしいのは無論である。小野さんは又にやにやと笑った。
「小夜や、どうだい。あぶない、もう少しではぐれるところだった。京都じゃこんな事はないね。」
「あの橋を通る時は…どうしようかと思いましたわ。だって怖くって…」
「もう大丈夫だ。何だか顔色が悪いようだね。くたびれたかい」
「少し心持が…」
「悪い?歩きつけないのを無理に歩いたせいだよ。それにこの人出じゃあ。どっかでちょいと休もう。小野、どっか休む所があるだろう、小夜が心持がよくないそうだから」
「そうですか、そこへ出るとたくさん茶屋がありますから」
と小野さんは又先へ立って行く。≫

 

小野さんは、再び、先に行ってしまう。
小夜子の顔色が悪いのは、歩き疲れたからだけではない。小野さんが変わってしまったからだ。
そして、運命が…。

 

≪運命は丸い池を作る。池をめぐるものはどこかで落ち合わねばならぬ。落ち合って知らぬ顔で行くものは幸いである。人の海の湧きかえる薄暗いロンドンで、朝な夕なにめぐり合わんと心掛ける甲斐もなく、眼を皿に、足を棒に、尋ねあぐんだ当人は、ただ一重の壁にさえぎられて隣の家のすすけた空を眺めている。それでも逢えぬ、一生逢えぬ、骨がしゃりになって、墓に草がはえるまで逢うことができぬかも知れぬと書いた人がある。運命は一重の壁に思う人を終古に隔てるとともに、丸い池に思わぬ人をはたと行き合わせる。変なものは互いに池のまわりをまわりながら近寄ってくる。不可思議の糸の闇の世をさえ縫う。
「どうだい女連(れん)はだいぶ疲れたろう。ここでお茶でも飲むかね」と宗近君がいう。≫

 

藤尾に心を寄せている小野さんは、孤堂先生と小夜子と一緒である。
宗近君は、甲野さん、甲野さんの妹の藤尾、宗近君の妹の糸子の四人で、博覧会の見物に来ている。


二つのグループが、茶屋へ向かう…。

 

続きは、メルマガ「偉人列伝」八月号で配信します。

 

…『虞美人草』以後の作品では、甲野さんの親友「宗近君」のような人は、登場しません。「宗近君」がいなければ、甲野さんはじめ、小野さん、小夜子、糸子、みんなの人生は、厳しいものになっていたでしょう。

 

漱石は、これ以後、「宗近君」のような人物を登場させません。以後、どの作品の主人公たちも、「宗近君」の存在しない世界の中で、描かれている。

 


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