ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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漱石の傑作『虞美人草』から。「博覧会」です。

夏目漱石の『虞美人草』です。
「博覧会」で「事件」が起こります。
誰かと誰かが一緒にいた、ということを誰かが目撃します。


ところで、この博覧会というものを漱石は、長々と書いています。これはこの物語の「甲野さん」の考え方に近いのだろうと思います。

≪蟻(あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存のうちに無聊(ぶりょう)をかこつ。立ちながら三度の食に就くの忙しきに堪えて、路上に昏睡の病を憂う。生を縦横に託して、縦横に死を貪るは文明の民である。文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経をかみそりに削って、人の精神をすりこぎと鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数(すう)を尽くして新しき博覧会に集まる。(中略)
蛾(が)は燈(とう)に集まり、人は電光に集まる。輝くものは天下をひく。金銀、しゃこ、瑪瑙(めのう)、瑠璃、閻浮檀金(えんぶだごん)、の属を挙げて、ことごとく退屈のひとみを見張らして、疲れたる頭を我破(がば)と跳ね起こさせるために光るのである。昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌にちりばめたる宝石が独り幅を利かす。金剛石は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。ぬかるみに落つる星の影は、影ながら瓦よりも鮮やかに、見るものの胸にきらめく。きらめく影に踊る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる。…≫(『虞美人草』十一)

 

ここでの博覧会についての記述は、ざっとこの倍くらい続きます。漱石は「文明論」も書いたり講演したりしていますが、それを想起させる記述です。小説なのに、文明論が織り込まれている。

 

吾輩は猫である』においても、登場人物たちの会話の中に、「これは!」と思わせるものが多々ありました。

 

 

 

 

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