ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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引き続き、夏目漱石の傑作、『虞美人草』(ぐびじんそう)です。

「小野さん」という人。小野さんは、これから嵐に巻き込まれる。あくまで、巻き込まれる、という体裁だが、小野さん自身の「台風の目」のような存在そのものが、嵐を発生させているようにも思われる。

 

≪過去の節穴を塞ぎかけたものは現在に満足する。現在が不景気だと未来を製造する。小野さんの現在は薔薇(バラ)である。薔薇の蕾(つぼみ)である。小野さんは未来を製造する必要はない。蕾んだ薔薇を一面に開かせればそれがおのずからなる彼の未来である。未来の節穴を得意の管から眺めると、薔薇はもう開いている。手を出せば捕まえられそうである。早く捕まえろと誰かが耳のそばで言う。小野さんは博士論文を書こうと決心した。
論文ができたから博士になるものか、博士になるために論文ができるものか、博士に聞いてみなければ分からぬが、とにかく論文を書かねばならぬ。ただの論文ではならぬ、必ず博士論文でなくてはならぬ。博士は学者のうちで色のもっとも見事なるものである。未来の管をのぞくたびに博士の二字が金色に燃えている。博士のかたわらには金時計が天から懸かっている。時計の下には赤い柘榴石(ガーネット、ざくろ石)が心臓の焔(ほのお)となって揺れている。そのわきに黒い眼の藤尾さんがほそい腕を出して手招きをしている。すべてが美しい画である。詩人の理想はこの画の中の人物になるにある。
昔タンタラスという人があった。わるい事をした罰(ばち)で、ひどい目に逢(お)うたと書いてある。身体は肩深く水に浸かっている。頭の上には旨そうな果物が累々と枝をたわわになっている。タンタラスはのどが渇く、水を飲もうとすると水が退いて行く。タンタラスは腹が減る。果物を食おうとすると果物が逃げていく。タンタラスの口が一尺動くと向こうでも一尺動く。二尺すすむと向こうでも二尺すすむ。三尺四尺は愚か、千里を行き尽しても、タンタラスは腹が減り通しで、のどが渇き続けである。大方今でも水と果物を追っかけて歩いているだろう。 ― 未来の管をのぞくたびに、小野さんは、何だかタンタラスの子分のような気がする。それのみではない。時によると藤尾さんがつんと澄ましている事がある。長い眉を押しつけたように短くして、きっと睨めていることがある。柘榴石がぱっと燃えて、焔のなかに、女の姿が、包まれながら消えて行くことがある。博士の二字が段々薄くなって剥げながら暗くなることがある。時計が遥かな天から隕石のように落ちてきて、割れることがある。その時はぴしりという音がする。小野さんは詩人であるから色々な未来を描き出す。
机の前に頬杖(ほおづえ)を突いて、色ガラスの一輪挿しをぱっとおおう椿(つばき)の花の奥に、小野さんは、例によって自分の未来をのぞいている。幾通りもある未来のなかで今日は一層できがわるい。≫(『虞美人草』)




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