ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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『ピンチランナー調書』大江健三郎著を今読んでいる。これも凄い小説だ。講談社の「大江健三郎全小説5」の帯には、次のように書いてある。≪頭部に障害をもって生まれた子供との生の選択≫また、次のようにも書いてある。≪大江作品中、もっとも人気者の系譜≫。私は『洪水はわが魂に及び』を読んだが、そこに登場した障害のある少年とその父は、とても魅力的だった。読者に好かれて当然の少年だった。彼についてのエピソード1、あるいはエピソード2、とエピソードを延々と読みたくなる魅力があった。

ピンチランナー調書』大江健三郎


ピンチランナー」ってなんだ?


 ピンチランナーとは、野球でヒットを打った人が走者(ランナー)になるわけだが、そのランナーが足が遅いと走者としては不適任なので、その人に代わってランナーをつとめる人だ。
足が速い人がつとめることが理想的だが、試合に出してもらえない補欠選手の晴れ舞台となることもある。


では、「調書」とは何か。
調書という言葉も、日常用語ではなく、警察用語?だろうと思う。


「さあみなさん、今から調書を取りますので、正直にお答えくださいね」という風には会社や学校ではやらないだろう。


 これは警察署の取調室で、被疑者(容疑者)が警官に根掘り葉掘り聞かれ、それに対して完全黙秘でない被疑者は、犯行を認めたり認めなかったり、アリバイを話したり、いろいろと取り調べを受けるわけだが、それを警官がメモして書類(調書)にして、たぶんそれに被疑者が署名するなり拇印を押すなりするんだと思う。


 それが調書だ。


じゃあ、「ピンチランナー調書」とは何か?
とても長い小説なのでまだ途中かけなのだが、元原子力発電所の元職員(元技師)が、友人の作家に書いてほしいと頼んだものがその調書だ。


なぜ調書というのかというと、その元原子力発電所の職員は、犯罪行為を行おうとしているようで、警察に捕まることも想定している。そこで調書を作成されることになるだろうが、その元原発の技師は、警察の調書では、おそらく自らの行為をきちんと理解した上で書いてはもらえまい、と想定している。


だから、あらかじめ、非常に想像力豊かで、かつ友人と呼べる間柄でもある作家に、その調書を作成してもらうことにしたのだ。


原子力核兵器)と障害のある子ども、がテーマなのだと思う。


テーマが似ている小説として、『洪水はわが魂に及び』があるが、似ているのはテーマだけで、全くスタイルの異なった小説だ。


まだ前半も読み終わっていないが、ここまでのところ、独白小説に近い。


少し前に読んだ『空の怪物アグイー』は、頭が二つあるように見える子が生まれてその子を殺してしまった若い父の話。この小説は短い。若い父は、妻に相談せずにその子を殺してしまった。引用したい。(引用は、妻のセリフ。ちなみにDというがその若い父)


以下引用。

≪「わたしたちの赤んぼうは生まれてきたとき、頭がふたつもある人間にみえるほどの大きい瘤(こぶ)が後頭部についていたのよ。それを医者が脳ヘルニアだと誤診したわけ。それを聞いて、Dは自分とわたしとを恐ろしい災厄からまもるつもりで、その医者と相談して、赤んぼうを殺してしまったのよ。(後略)≫(大江健三郎全小説5、講談社P21)

以上引用


 『個人的な体験』、これは長編小説といっていい長さ。この小説は、『空の怪物アグイー』と似たような状況にあった若い父が、子どもを危うく殺しかけながらも、最後の最後で、その子と生きていくことを決断する、そういう話だった。たんに重たいだけではない。
サスペンス小説といってもいいかもしれない作品だった。


テーマは重いが、大江健三郎氏には、読者を喜怒哀楽の感情にいざなう筆力があって、重たいものを軽やかに軽快に楽しく読ませる才能がある。


喜・怒・哀・楽。


読者としての私は、そんな強烈な読書体験をしている。

まだ小説の途中だ、続きを読もう。


(続きはメールマガジン「偉人列伝」でお読みください)

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