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🌈新刊・話題の本『雑兵たちの戦場』藤木久志著 「村人にとって戦場は、数すくない稼ぎ場だった」

『新版 雑兵たちの戦場―中世の傭兵と奴隷狩り』藤木久志著、朝日新聞出版

 

 


この本には、私たちの「常識」を覆す力がある。私たちの「戦国時代はだいたいこんな感じだったんだろう」という考えが、「実はぜんぜん違うんだよ」、と語りかける。

 


藤木久志氏は、大学教授で、昔の学徒らしく、地道にこつこつと執念深く、綿密に研究した、その成果がこの本だ、という印象を受ける。

 


こうした「常識を覆す」ような本は、たぶん息が長い。じわじわと少しずつ、普及していく。そして長い時間をかけて、いつの間にか、常識が覆されている。

 


秀吉が、「バテレン追放令」とともに、「人身売買禁止令」を出したことは高校教科書にも出ているが、当時の実情がこの本によって具体化されている。かなりエグイ。悲惨、壮絶、地獄。

 


 

以下引用―

≪(前略)マカオ発のパードレ・カルネイロの手紙は、多くの日本人が、大きな利潤と女奴隷を目当てにする、ポルトガル商人の手でマカオに輸入されている、と報じていた。その中国のマカオは、ポルトガルの日本貿易の拠点であり、日本貿易のごく初めから、奴隷は東南アジア向けの主力商品であった形跡がある。≫(『新版 雑兵たちの戦場―中世の傭兵と奴隷狩り』P42)

以上引用―

 


 

ポルトガルの日本貿易では、「日本人奴隷が、主力商品だった。」

 


 

日本が「鎖国」をした。相応の理由があったわけだ。

 


よく言われることだが、「日本史」と「世界史」を、それぞれ独立したものとして学習するから、歴史が分からなくなる。


 

日本の戦国時代は、ヨーロッパの大航海時代であり、アメリカ大陸が発見され、植民地にされた。鉄砲が日本に「伝来」して、さっそく日本でも製造された。ルターやカルバンの宗教改革があって、宗教戦争があった。イエズス会が発足し、その発起人の一人、ザビエルが日本に来た。信長が鉄砲を巧みに使って、戦術を塗り替えていった。ヨーロッパでは火薬が改良されていた。大砲が改良されていた。日本で鉱山の「ゴールドラッシュ」…

 

とまあ、一筋縄ではいかない。

 

 

「歴史は書き換えられる」。

 

学問というのは、日々積み重ねられて、徐々に進歩していく、というのはそれなりに真実かもしれないが、必ずしも、前進ばかりではなく、後退することもある。「焚書坑儒」(ふんしょこうじゅ)は、その最たるもので、本が焼かれ、「知識人」が殺される。


 

上に引用した文章は、藤木氏の文章だが、それは岡本良知という人の研究をもとにしている。『十六世紀日欧交通史の研究』という本がそれで、1936年に初版が出たそうだ。その当時、上記のような研究がすでになされていた。にもかかわらず、私たちの「常識」はそんなことを、露ほども知らない。


 

じゃあ、そうした「真実」は闇に埋もれてしまうのかというと、必ずしも、そうでもない。時に、歴史の闇から真実を掬い上げる人が出てきて、その「真実」を白日の下に曝す。

 


私が言っているのは、副島隆彦氏のことだ。

  

副島隆彦氏の本『信長はイエズス会に爆殺され、家康は摩り替えられた』は、私たちの「常識」を覆す驚くべき本だ。明智憲三郎氏のベストセラー本『本能寺の変 431年目の真実』や八切止夫氏の『信長殺し、光秀ではない』、藤木久志氏の『雑兵たちの戦場』等々、先行研究を読破して、一筋縄ではいかない錯綜した「歴史」に、一本の筋道をつけておられる。

 


我われ凡人でも、その一本の筋道を、丹念に追うことで、錯綜した混沌から、少しばかり、抜け出すことが出来る。

 

 


以下引用―

≪特に注目したいのは日本人傭兵の流出ぶりである。一六一二年(慶長一七)、オランダ船のブラウエル司令官が平戸に入港した。目的は幕府の許可を得て、日本人傭兵を海外に連れ出すことにあった。彼はバンダンの総督にこう報告した。


①我々はいま良く訓練された日本人を使っている。その給与は低く、安い食事で養われている。


②総督の指令通り、三百人もの日本人を送るには、多くの食糧がいる。だからとりあえず六十八名を送る。内訳は、大工九・鍛冶三・左官二、三の外は、すべて水夫と兵士である。


③家康は必要なだけ日本人を海外に送ることに同意した。日本人傭兵はいつでも手に入る。


≫(『新版 雑兵たちの戦場―中世の傭兵と奴隷狩り』P273)

以上引用―

 

 

上記の、たった数行の中にも、「日本史」と「世界史」が複雑に絡まりあった状況がある。

 

 

1600年 関が原の合戦

1612年 「オランダ船のブラウエル司令官が平戸に入港した」

1614年 大阪冬の陣

 

いったい誰がこの頃の日本が、「傭兵輸出大国」だったと想像できるだろうか?今の私たちからすれば、想像を絶する。しかしどうやら、それが真実だったらしい。徐々にそれは、私たちの「常識」になっていくのだろう。

 


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