ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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🌈岡崎城

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愛知県岡崎市にある、岡崎城6代目城主が、のちに徳川家康と改名した、松平元康だ。



この松平元康は、実は殺されて、別の何者かが摩り替わった、という「事実」は、歴史好きな人には徐々に語られるようになったと思う。



そのささやかな証拠、傍証になるかもしれないことが、ネット上にあった。


そのページは、「岡崎城の歴代城主」で検索すると、おそらく一番上に出てくる。



興味深いのは、家康の父、松平広忠についての説明書きだ。


引用したい。(なお広忠の前の岡崎城城主が、清康だ。広忠の父だ。また引用文中の織田信秀とは、織田信長の父。)




○引用開始○

清康が殺された時、10才で家督を継ぐ。

織田信秀の攻撃をよく防いだが、松平家の内紛により、岡崎城から追われ、伊勢・遠江を流浪した。

1537年(天文6年)に今川義元の援助で岡崎城に復帰するも、織田方の刺客によって岡崎城内で殺された。

享年24才。

○引用終わり○




このネット記事は、『岡崎城_城と城主の歴史』というものを参考文献に挙げている。



岡崎城4代目城主 松平清康 享年25才


岡崎城5代目城主 松平広忠 享年24才


岡崎城6代目城主 松平元康(徳川家康)


岡崎城7代目城主 松平信康 享年21才


ということらしい。


戦国時代の「いくさ」というものが、垣間見える。

戦国時代、謀略、調略、暗殺で松平家は、織田家の軍門に降ったのだ。




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