ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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🌈雨月物語関連1

雨月物語関連1

 

なぜ雨月物語を題材にして書いてみようと思ったのか。自分でもよくわからずに、現代語訳を読んでいる。


私が持っている講談社学術文庫の場合、本文と語文注、現代語訳、それから考釈が併記されているから便利だ。考釈も興味深いので読んでいるのだが、だんだんその考釈を書いた人はどんな人なのだろうかと、そう思った。青木正次(あおき・まさじ)という人だ。検索してみた。七十歳を少し超えたくらいで亡くなっている。十歳で敗戦を迎えている。死因は、ロック・クライミング中の事故、とのことだ。



 先日「有王」を書き終えたので、今度はいい映画が観たいと思いながら、副島隆彦氏の映画本(『政治映画評論』ビジネス社)をぱらぱらと読んだ。まだ観ていない映画があるが、近所のレンタル屋には置いてないものも多い。



 今度は江藤淳氏の『近代以前』(文春学芸ライブラリー)という本を開いた。ちょっと前にも読んだので机の上に雑然と置かれていたものだ。ここに、上田秋成雨月物語の作者)についても書かれている。


 少し引用したい。

 

 

 

《(前略)秋成は、むしろどちらかといえば西鶴のシニカルな、浅い文体の背後に隠されている荒涼とした空洞のほうに魅かれていたにちがいないのである。》(『近代以前』P274)

 

 

 

上田秋成は、「荒涼とした空洞のほうに魅かれていたにちがいない」、と江藤氏は書いている。クウドウ。私はさっき読んだ副島氏の本を開いた。そこにはこう書かれている。

 

 

 

《 このあとヨーロッパは、17、18世紀に世界中の残りの部分(地域)を征服、支配して大繁栄を築いた。その後、ヨーロッパの近代人(モダーンマン)は、人類(マン)の達成すべき目標を実現してしまったがゆえに、他にもう何もすることがなくなった人々のことである。ヒトは、このあと一体何を目指して何のために生きてゆけばいいのか。実は、世界規模でわからなくなった(あなた、だけでなく)。》(『政治映画評論』P234)

 

 

 

上田秋成は、1734-1809の人だ。18世紀の人だと言っていい。


何かが繋がっている。


それは「近代」というものだ。近代。

近代とは何かという問いは、あまりにスケールが大きすぎて何とも言いようがないが、近代=空洞、といえば、何となく理解できたような気がしないでもない。


あるいは、先日の山崎行太郎先生の「西郷南州伝」の言葉をお借りすれば、この「空洞」とは、安定的にとどまる事ができない場所、つまり、「上昇」または「下降」のどちらかを強制される場所。そんな場所のことなんじゃないかと。

 


 雨月物語は、講談社の文庫の作品紹介によれば、


《安永天明期の暗い世相、他人や自分までが怪しく得体の知れぬ異界の妖霊のように見えてくる時代社会の中で、そういう仮象の向こう側に人はどこまでその人間的な実体に迫りうるものなのか、を問いつめた怪異小説。》


とのことだ。いまだ近代は終わらず。終ったその先に何があるのだろうか?それは私には想像できない。



 

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