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雑記1 『遊動論』 真のエリートとは?月刊日本2月号の佐藤優氏の記事を読んで、

真のエリート=立派な人=偉人。

 



十五分くらい手が空きそうだったので、書棚をざっと見て、柄谷行人氏の『遊動論』(文春新書)を取り出した。で読んでみた。

この本は、柳田国男論、と言ってもいいが、『世界史の構造』『哲学の起源』の続編、と考えてもいいと思う。

柳田国男は、日本ではじめて民俗学を創始した人だが、元々は明治の農商務省の官僚、役人だった。農業政策、商業政策を決める官僚だ。正確には、いわゆる「農業」と「商業」を明確に区別するのではなく、「農」「商」「工」が融合した「農商工政策」といっていい政策を掲げていたのだと解釈できる。それは、「農村改革」である。

改革という言葉には、「古いものを壊して新しいものにする」という響きがあるが、柳田のいう「農村改革」は、「改革」というよりは「復古」に近いと思う。近いけれど同じではない。どのようなものなのか?

それが本書の主題だと思う。

ともあれ、私は今や「民俗学の祖」とのみ言及されがちな柳田国男の生き方に、「真のエリート」の姿を見る。



柄谷氏は書いている。

《(前略)ここで注目すべきことは、米軍が行った農地改革が、共産党だけでなく、柳田が考えていた「農政」をも挫折させたということである。明治時代に、農商務省の官僚となった柳田は、「農業国本説」を掲げる農政に反対した。この農政は富国強兵を目的とするものである。工業に投下されるべき資本を農民からの収奪によって得、また、兵士を農村から得る。ゆえに、農が肝要である。柳田が反対したのは、このような「農本主義」である。それに対して、彼が提案したのは、小農たちが協同組合によって連合し、農村を商工業をふくむ総合的な産業空間にする政策であった。むろん、彼の提案はまったく実らなかった。その挫折から、彼の民俗学が生まれたのである。柳田の民俗学は「農村生活誌」であり、その根底に、農村改革の目的があった。》(『遊動論』P20)

柳田国男は、官僚であった頃から、日本各地の「農村」を見て回った。視察というにはあまりに「農村」に密着し過ぎている。暮らし向きを心配して歩きまわる、あまりに善良な好青年の姿を見てはいけないだろうか。ともかく相当に歩きまわったようだ。

柳田国男は、生涯、「農村」に密着していた。
柳田国男の生き方に、「真のエリート」の姿を見た。その具体像は、『遊動論』によって解き明かされている。

 

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