ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

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私は山崎行太郎先生のブログ「毒蛇山荘日記」を毎日楽しみにしている。面白いしためになるからだ。

最近の山崎行太郎先生のブログのテーマは、「LGBT騒動」と「『新潮45』廃刊事件」だ。

 

杉田議員の「暴言」(「生産性がない」)を記憶している人は多いかもしれないが、その後、この問題が直接のきっかけとなって、月刊誌『新潮45』という文芸誌が廃刊になったことは、一般にあまり知られていないと思う。(山崎先生のブログを読んでいなければたぶん私も知らなかった。)

 

LGBT騒動」がなぜ、「『新潮45』廃刊事件』へとなっていったのか、そのことは、山崎先生のブログを読めばよくわかる。

 

そもそもの「LGBT騒動」だが、これはL=レズビアン、G=ゲイ、B=バイセクシャル、T=トランスジェンダー、に関する問題なのだろうと推察される。

 

一般に、LGBTについて、「人それぞれでいいんじゃない?」という気分が圧倒的に多いと思う。私もそれはそれで、人のことに干渉しようとは思わないが、問題は、それが民法改正へまで発展してしまうことだ。


女性同士の結婚、あるいは男性同士の結婚、これを民法で認めるとなると、ただの気分では済まなくなる。


そもそもの「家族」という考え方が根本的に変わって来るし、家庭・家族が根本的に変わるとなれば、税制も変わる、社会が今とはまったく違ったものになるはずだ。

 

「男と男の結婚」や「女と女の結婚」、「あってもいいんじゃない?」という気分はわからないでもないが、その気分と民法改正は、別物だ。民法改正となれば、それは社会を根本的に変革することになる。これには私は賛成できない。

 

現状では、杉田議員を擁護した小川栄太郎という作家の書いたものを、高橋源一郎という作家が「公衆便所の落書き」と言って罵倒、嘲笑した。小川栄太郎氏がきちんと話がしたい(きちんと議論したい)という意思を表明している(対談を申し込んでいる)が、まだどうなるか分からない、ということのようだ。

 

一読者として、この対談が実現されることを願う。なぜなら、もし実現すれば、これは本気の、本音の議論になるだろうからだ。

 

また、「『新潮45』廃刊事件」の方も、どのような「圧力」があって廃刊になったのか、その経緯が山崎先生のブログで暴露されているが、さらに明瞭に詳しくわかるだろう。問題の本質が浮き彫りになるだろう。山崎先生も本気だ。



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故・江藤淳氏の本を開いた(4)

故・江藤淳氏の本を開いた(4)

 

前回、江藤氏の著書『小林秀雄』からいくつか引用したが、それは一部をのぞいて、小林秀雄ドストエフスキー論である「悪霊について」からだった。

 

お読みになった方はおそらくその「野生」に驚かれたと思う。

江藤氏は、その引用文の少し前のところで、「精神の渇き」について書いている。

それは、ドストエフスキーが「ネチャアエフの徒」に見出したものであるだけでなく、小林秀雄が、自分の周囲の「インテリゲンツィア」に見出したものでもある。(なおさらに、小林秀雄が、自分の中に見出していたものだった。)

江藤氏は書いている。

 

以下引用―

 

 

≪この「精神の渇き」が言葉―「思想」に過大な現実感をあたえ、それを生かすとすれば、そこに生ずるのは、「思想」の生々しさが現実をおおいかくす、つまり観念や空想が現実より現実的に感じられるという心理的倒錯である。(中略)このような倒錯は、「若い文化」のなかでしかおこりえない。ここでは空想と現実、観念と実在の接点は明瞭でなく、政治的行動は奇妙に文学的な衝動によってつらぬかれ、文学的世界には奇妙に政治的な現実が侵入してくる。小林が周囲に見たのはこういう光景であって、(中略)そこでは「思想」は思想に構成されるひまもなく生きてしまうのであり、空想や想像は文学的、芸術的秩序をあたえられる前にうごめいてしまうのである。渇望のあまりの激しさが、すべてのものに成熟を許容しない。「思想」も「想像」も、あるべき場所におちつくよりさきに崩壊してしまう。≫P246、247

 

 

以上引用―

 

 

そうして江藤氏は続けて書いた。

 

 

以下引用―

 

 

≪ここで想起されるのは、すでに小林自身にも同様のことがおこっていたということである。≫P247

 

 

以上引用―

 

 

「精神の渇き」は、「渇望のあまりの激しさが、すべてのものに成熟を許容しない」し、「あるべき場所におちつくよりさきに崩壊してしまう」、もしそのようなものだとすれば、可能ならば回避したいものだ。

 

その後、小林秀雄は、「常識」に活路を求めようとする。

江藤氏は書いている。(引用文中の「彼」とは小林秀雄のこと)

 

 

以下引用―

 

 

≪(前略)だが、この「苦痛」―「渇望」を追った彼がさぐりあてたものは、「精神というある邪悪な傾向性」である。それが「何をおいても現に在るものを受け納れまい」とする以上、そこからは「他者」は消えぬわけにはいかない。インテリゲンツィアは「大衆」から疎隔しているというが、実は彼らが「精神」という「悪」に身をゆだね切っているかぎり、「大衆」のみならず「他者」が消え失せるのである。インテリゲンツィアのなかに「他者」を求めようとした小林の意図は、このような二律背反を最初から含んでいた。「ドストエフスキの生活」によって「成熟」しようとした小林は、この二律背反にドンデン返しにされて、ふたたび「他者」や外界の喪失のなかに投じられかける。そこに菊池寛があらわれ、「社会化された私」の概念は、あの「苦痛」から「常識」へと、いわば外面化されたのである。「常識」の世界とは、いわばそこに「他者」がいるような世界である。真の「成熟」はこのような世界でしか達成されない。≫P259

 

 

以上引用―

 

 

小林秀雄は、作家・菊池寛を高く評価するようになった。(菊池寛は、一八八八年生まれで、一九〇二年生まれの小林秀雄よりも、十四歳年上ということになる。)「菊池寛論」は、「ドストエフスキの生活」が完結する少し前に書かれた。≪「精神の渇き」に悩んだ小林が、「常識」に活路を求めようとする端緒がここにあらわれている。≫(江藤氏、P254)

江藤氏は、菊池寛について、次のようにも書いている。

 

 

以下引用―

 

≪菊池の独創は、「文学の社会化」、つまりいわゆる純文学作家が自己の内にしか認めようとしなかった「読者」を、自己の外部の「民衆」に発見し、彼らのみを信じて語りかけようとしたところにある。≫P263

 

以上引用―

 

 

なお、小林秀雄が「菊池寛論」を書いたのは、いわゆる「二・二六事件」(青年将校たちのクウ・デタ)が勃発した昭和十一年二月の少し後、昭和十二年一月頃である。

 

私は小林秀雄が活路を見出したという「常識」に興味がある。

菊池寛は「大衆」にではなく「民衆」に語りかけようとした、という。

「大衆」と「民衆」との違い、そして小林秀雄(あるいは江藤淳氏)のいう「常識」とはどのようなものか、この本を頼りに考えてみたい。

 

 

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故・江藤淳氏の本を開いた(3)

 

江藤淳氏の著書『小林秀雄』(角川文庫)を読んでいる。

小林秀雄の文章が多く引用されている。

 

 

以下引用。

 

 

≪思想の力は、現在あるものを、それが実生活であれ理論であれ、ともかく現在在るものを超克し、これに離別しようとするところにある≫(「文学者の思想と実生活」)P248

 

 

≪叛逆や懐疑や飢餓を感じていない精神とは、その特権を誰かに売り渡してしまった精神に過ぎない。

精力的な精神は決して眠りたがらぬ。

…本能的に危険を避ける肉体は常に平衡を求めている。

満腹の後には安眠が来る様に出来ている。

だが、精神は新しい飢餓を挑発しない様な満腹を知らない。

満足が与えられれば必ず何かしら不満を嗅ぎ出す。

安定が保たれている処には、必ず均合いの破れを見付け出す。

単に反復を嫌うという理由から進んで危険に身をさらす。≫(「『悪霊』について」)P248

 

 

≪…しかし、事態は少しもましにはならないだろう。

一切の制約は勿論の事、およそ在るものに満足せず、無いものへの飢渇に憑かれた精神というものの邪悪な正体はいよいよ明らかになるばかりであろう。

飢えは飢えを呼び、苦痛は苦痛に次ぐだろう。≫(同前)P249

 

 

≪人間はまず何をおいても精神的な存在であり、精神はまず何をおいても、現に在るものを受け納れまいとする或る邪悪な傾向性だ。

ドストエフスキにとって悪とは精神の異名、ほとんど人間の命の原型ともいうべきものに近づき、そこであの巨大な汲みつくし難い原罪の神話と独特な形で結ばれていた。

悪は人格の喪失でもなければ善の欠如でもない。

彼の体験した悪の現実性に比べれば、倫理学や神学の説く悪のディアレクティックなどが何だろう。

人道主義唯物論の語る悪の原因なぞが、何を説明して入るのか。

そういうものは、あらゆる希望を失った者の持つ大胆さだけが、悪を理解させると体験によって知ったこの人物には、笑うべき○語と見えた。

彼は悪の謎を解こうとも、これから逃れようともしなかった。

そういう方法があるとも手段が見つかるとも考えなかった。

ただ絶望の力を信じる事、悪のうちに身を焼く事、という一条の血路が残された。

それは熟慮の結果、多くの血路のうち彼が選んだ一つの血路という様なものではなかった。

運命が彼に尋常な生き方を禁じ、彼は単に運命の免れ難い事をはっきり知ったのである。≫(同前)P250

 

 

以上引用。

 

 

 

 

読み終えた。

小林秀雄の半生を、江藤淳氏の評伝によって体感することができた。

読んでよかった。

 

 

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故・江藤淳氏の本を開いた(1)

日頃の不摂生がたたって軽い喘息になってしまった。呼吸の苦しさはいつもの通りだが、タバコを控えてよく休めば良くなるとわかっているので、子どもの頃ほどの苦しさはない。


久しぶりに故・江藤淳氏の本を開いた。
タイトルは、『小林秀雄』。
その本は、批評家の小林秀雄の評伝(伝記)だが、いわゆる伝記よりも批評文といった方がいいと思う。
だから気軽に読める伝記とは違って難しいが、久しぶりに読んでみて、なにか心が和んだ。
江藤氏は、夏目漱石の批評でデビューした人だが、その後の夏目漱石研究だけでなく、憲法の成立過程を研究し、広く一般にその成果を問いかけた人としても稀有な人だ。
私は、氏の『小林秀雄』を開き、まえがきを読んだ。
そうして惹きこまれた。


氏の文章には、品格がある。
品格というと語弊があるのはわかっているが、しかしそこには、品位、優美といった文学的なものだけでなく、格とした強固なものがあるのだ。
江藤氏の文章には、甘美なものを感じさせつつ同時に強靭な精神を喚起するようなものがある。
江藤氏は、一九四五年の敗戦の年、十三歳の「軍国少年」だった。
大日本帝国の「軍国少年」だった。


現代日本では、「大日本帝国」とか「軍国少年」という言葉は、否定的な響きが圧倒的だろうが、しかしかつて大日本帝国には、現代人には想像もできないほどの「品格」をもった人たちがいて、かつ、そのような「品格」をもった軍人もいたのだ。そしてそのような「品格」ある作家、批評家もいた。


大江健三郎は、敗戦の年、十歳の「軍国少年」だった。(続く)



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メールマガジン「偉人列伝」10月号、配信予約しました。21日に配信されます。今号は、未完の小説原稿を付録しました。

メールマガジン「偉人列伝」10月号、配信します。21日です。

今号では、小説原稿を付録しました。

途中で諦めた未完の小説原稿です。


以下、十月号の目次



小林秀雄著「西行」を読んだ感想。

阿部夏丸著「たにし」「鬼やんま」を読んだ感想。

大江健三郎著「空の怪物アグイー」を読んだ感想。

大江健三郎著「個人的な体験」を読んだ感想。

〇某月某日

〇未完の小説原稿



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『ピンチランナー調書』大江健三郎著を今読んでいる。これも凄い小説だ。講談社の「大江健三郎全小説5」の帯には、次のように書いてある。≪頭部に障害をもって生まれた子供との生の選択≫また、次のようにも書いてある。≪大江作品中、もっとも人気者の系譜≫。私は『洪水はわが魂に及び』を読んだが、そこに登場した障害のある少年とその父は、とても魅力的だった。読者に好かれて当然の少年だった。彼についてのエピソード1、あるいはエピソード2、とエピソードを延々と読みたくなる魅力があった。

ピンチランナー調書』大江健三郎


ピンチランナー」ってなんだ?


 ピンチランナーとは、野球でヒットを打った人が走者(ランナー)になるわけだが、そのランナーが足が遅いと走者としては不適任なので、その人に代わってランナーをつとめる人だ。
足が速い人がつとめることが理想的だが、試合に出してもらえない補欠選手の晴れ舞台となることもある。


では、「調書」とは何か。
調書という言葉も、日常用語ではなく、警察用語?だろうと思う。


「さあみなさん、今から調書を取りますので、正直にお答えくださいね」という風には会社や学校ではやらないだろう。


 これは警察署の取調室で、被疑者(容疑者)が警官に根掘り葉掘り聞かれ、それに対して完全黙秘でない被疑者は、犯行を認めたり認めなかったり、アリバイを話したり、いろいろと取り調べを受けるわけだが、それを警官がメモして書類(調書)にして、たぶんそれに被疑者が署名するなり拇印を押すなりするんだと思う。


 それが調書だ。


じゃあ、「ピンチランナー調書」とは何か?
とても長い小説なのでまだ途中かけなのだが、元原子力発電所の元職員(元技師)が、友人の作家に書いてほしいと頼んだものがその調書だ。


なぜ調書というのかというと、その元原子力発電所の職員は、犯罪行為を行おうとしているようで、警察に捕まることも想定している。そこで調書を作成されることになるだろうが、その元原発の技師は、警察の調書では、おそらく自らの行為をきちんと理解した上で書いてはもらえまい、と想定している。


だから、あらかじめ、非常に想像力豊かで、かつ友人と呼べる間柄でもある作家に、その調書を作成してもらうことにしたのだ。


原子力核兵器)と障害のある子ども、がテーマなのだと思う。


テーマが似ている小説として、『洪水はわが魂に及び』があるが、似ているのはテーマだけで、全くスタイルの異なった小説だ。


まだ前半も読み終わっていないが、ここまでのところ、独白小説に近い。


少し前に読んだ『空の怪物アグイー』は、頭が二つあるように見える子が生まれてその子を殺してしまった若い父の話。この小説は短い。若い父は、妻に相談せずにその子を殺してしまった。引用したい。(引用は、妻のセリフ。ちなみにDというがその若い父)


以下引用。

≪「わたしたちの赤んぼうは生まれてきたとき、頭がふたつもある人間にみえるほどの大きい瘤(こぶ)が後頭部についていたのよ。それを医者が脳ヘルニアだと誤診したわけ。それを聞いて、Dは自分とわたしとを恐ろしい災厄からまもるつもりで、その医者と相談して、赤んぼうを殺してしまったのよ。(後略)≫(大江健三郎全小説5、講談社P21)

以上引用


 『個人的な体験』、これは長編小説といっていい長さ。この小説は、『空の怪物アグイー』と似たような状況にあった若い父が、子どもを危うく殺しかけながらも、最後の最後で、その子と生きていくことを決断する、そういう話だった。たんに重たいだけではない。
サスペンス小説といってもいいかもしれない作品だった。


テーマは重いが、大江健三郎氏には、読者を喜怒哀楽の感情にいざなう筆力があって、重たいものを軽やかに軽快に楽しく読ませる才能がある。


喜・怒・哀・楽。


読者としての私は、そんな強烈な読書体験をしている。

まだ小説の途中だ、続きを読もう。


(続きはメールマガジン「偉人列伝」でお読みください)

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阿部夏丸さんの短編小説『たにし』と『鬼やんま』を読んだ。小説集『オグリの子』に収録されている。

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吾妻鑑はたぶんここにあるだろう、そう思って私は本棚と物置になっている小屋に入った。

古典文学大系という古くて分厚い本だけでなく、マンガやら図鑑、絵画集のようなものまで、雑然と本棚にある。

カラーボックスにもいろいろと積まれていたりするのだが、使わなくなったちょっと大きめの白い机の上に、夏丸さんの小説集『オグリの子』が載っていた。

表紙には、赤い色と金色の馬の絵が駆けている。

 

私は吾妻鑑を探したが、見当たらなかった。

しっかり探してみたが、やはりない。

前にもそうやって吾妻鑑を探して見つけることができなかったな、と思い出し、諦めて小屋を出ることにした。

私は阿部夏丸さんの小説集『オグリの子』を再び目にとめた。

その本は、私の目に何度もとまっていた本だが、ちゃんと読んだことはなかった。表題作の『オグリの子』を読みはじめたことはあったはずだ。

読者アンケートのはがきが途中に挟まっていた。

初版は、1996年とある。

いつ手にしたのかは思い出せないが、その頃はたぶん、私がとても忙しく働いていた頃で、本を全くといっていいほど読まなかった時期だ。

仕事だけでなく、いろいろと忙しかった。

童話というものをほとんど読んだことがなかったし、今でも童話のことは知らない。

 

私は読んでみようと心に決めた。

ちょうど小林秀雄の『西行』を読み終えて、一文をほぼ書き終えた後だった。

次に読んでみようと思ったのだ。

小林秀雄は、鎌倉に住んでいた。

江藤淳は、小林秀雄の評伝を書いた。

その江藤淳も、鎌倉に住んだ。

小林秀雄の書いたもの、江藤淳の書いたもの、そのどちらにも鎌倉がよく登場する。

私は鎌倉に行ったことがあるが、それはちょっとした観光で、二三回のことだと思う。

小林秀雄が鎌倉にいた頃、文人が多く鎌倉に住んでいたようで、その交流が描かれたりしていた。

とても楽しそうで読んでいて楽しかった。

 

私は夏丸さんの小説を読んで、そんなことを思い出した。

夏丸さんの小説の舞台は遠くない。

小説の主人公は、夏丸さんの幼年期を想像させる。

小林秀雄が書いていた。

≪小説を小説だと思って読むな≫

(この言葉は山崎行太郎先生のツイッターで知ったのだが、私は急いでそのツイートを紙に書き写した。)

 

私は、小説の主人公を夏丸さんだと決めつけて読んだ。

夏丸さんは、私より10歳ほど年上だ。

だから遠くない所に住んでいながら、私の記憶に夏丸さんはなかった。

私が夏丸さんとはじめて話をしたのは、ちょうど上記したような多忙な時期だった。

その当時、すでに夏丸さんは児童文学の作家として有名な人だったから、私は緊張し、その緊張をどうにかして隠そうとしていたのだと思う、どんなお話をうかがって、私が何を話したのか、さっぱり思い出せない。

思い出せるのは、優しいクマのような印象だけだ。

 

最近私は、その優しいクマのようだった夏丸さんを見かけた。

はじめてお会いしてから、十年、二十年くらい経っただろうか、夏丸さんは、一生懸命に前進する、不機嫌なクマのように見えた。

私はその時、私自身がとても不機嫌だったし、その不機嫌の原因の一つは、猛暑だった。

とても暑くむしむしした日だった。

私の気分は混乱し荒れていただけだが、夏丸さんは、押し殺した怒りの表情をたたえながらも、真剣だった。

 

私は、夏丸さんの小説に登場する主人公たちが虫捕りに夢中になる姿を、その真剣な夏丸さんの姿に重ね合わせた。

夏丸さんは、真剣だったのだ。

 

夏丸さんの小説『たにし』や『鬼やんま』の舞台がこの近所だという確証はないが、私は勝手にこの近所だと判断して、子ども時代のこの近所の風景を思い出そうと努めた。

 

努めてみれば、少しは思い出すことができる。

当時メインストリートだった村の通りも、私が幼児だった頃はまだ砂利道だった。

その後その、村のメインストリートは舗装されたが道幅は狭い。

今ではそのメインストリートと並行した、舗装された立派な道路ができたので、かつてのメインストリートはもはやメインストリートではない。

私が小学生の頃にも、まだ森と呼んでいいような場所もあったし、夏丸さんの小説に登場する小川もあった。

急速に村の風景は変わったのだ。

それは高度経済成長期の、当たり前のことなのかもしれないが、この近所も、急速にその風景・景観を変えていった。

そして今も、それは続いている。

 

(続きはメールマガジン「偉人列伝」でお読みください。)

 

 

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