ブログ「偉人列伝」(小説・批評・文芸・映画・政治・

いろいろ書きます。 メルマガ「偉人列伝」もどうぞ。 ご登録はこちらから。 → http://www.mag2.com/m/0001682071.html

次は『三四郎』です。大学生になりたてほやほやの「三四郎」が主人公。

夏目漱石の『三四郎』を読みはじめた。


新潮文庫の裏表紙の作品紹介には次のように書いてある。

《熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気儘な都会の女性里見美禰子(みねこ)に出会い、彼女に強く惹かれてゆく…。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて「それから」「門」に続く三部作の序曲をなす作品である。》

 

三四郎は、東京の大学に入学する。

大学生活が描かれる。

三四郎は失恋する。

三四郎が、迷羊迷羊(ストレイ シープ、ストレイ シープ)と口の中だけで繰り返して、この物語は終わる。

 

「解説」は柄谷行人。パラっと読んでみたが、どうも硬すぎる感じが否めない。

江藤淳は『漱石とその時代』で『三四郎』をどんな風に書いていたかなと考えてみたが、思い出せない。

慌てて読むのもおもしろいが、こうしてのんびりと読むのもいいものです。

漱石とその時代』はおもしろかった。今度はのんびり読みたい。



____



メールマガジン「偉人列伝」、


ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html


____


漱石の『虞美人草』。つづきは、メルマガ「偉人列伝」八月号で配信します。ちなみに、『虞美人草』の圧倒的な結末ののち、「甲野さん」の親友「宗近君」は、仕事でロンドンへ行ってしまいます。当面の間、帰ってきそうにない。そして漱石の作品では、以後、「宗近君」のような人物は二度と登場しない。

東京で博覧会が開催されていた。
京都から、小野さんを頼って引っ越してきた孤堂先生とその娘小夜子は、小野さんに、博覧会を案内してもらった。凄い雑踏である。足の踏み場もない。ただ押されるばかりである。孤堂先生は危うく転倒しそうになりながらも何とか、先に待つ小野さんに追いついた。

 

≪「どうも怖ろしい人だね」と追い付いた孤堂先生がいう。怖ろしいとは、本当に怖ろしい意味でかつ普通に怖ろしい意味である。
「随分出ます」
「早く家へ帰りたくなった。どうも怖ろしい人だ。どこからこんなに出て来るかね」
小野さんはにやにやと笑った。蜘蛛(くも)の子のように暗い森を蔽うていたる文明の民はみな自分の同類である。
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖ろしい所だ」
数(すう)は勢いである。勢いを生む所は怖ろしい。一坪に足らぬ腐れた水でもおたまじゃくしのうじょうじょ湧く所は怖ろしい。いわんや高等なる文明のおたまじゃくしを苦もなくひり出す東京が怖ろしいのは無論である。小野さんは又にやにやと笑った。
「小夜や、どうだい。あぶない、もう少しではぐれるところだった。京都じゃこんな事はないね。」
「あの橋を通る時は…どうしようかと思いましたわ。だって怖くって…」
「もう大丈夫だ。何だか顔色が悪いようだね。くたびれたかい」
「少し心持が…」
「悪い?歩きつけないのを無理に歩いたせいだよ。それにこの人出じゃあ。どっかでちょいと休もう。小野、どっか休む所があるだろう、小夜が心持がよくないそうだから」
「そうですか、そこへ出るとたくさん茶屋がありますから」
と小野さんは又先へ立って行く。≫

 

小野さんは、再び、先に行ってしまう。
小夜子の顔色が悪いのは、歩き疲れたからだけではない。小野さんが変わってしまったからだ。
そして、運命が…。

 

≪運命は丸い池を作る。池をめぐるものはどこかで落ち合わねばならぬ。落ち合って知らぬ顔で行くものは幸いである。人の海の湧きかえる薄暗いロンドンで、朝な夕なにめぐり合わんと心掛ける甲斐もなく、眼を皿に、足を棒に、尋ねあぐんだ当人は、ただ一重の壁にさえぎられて隣の家のすすけた空を眺めている。それでも逢えぬ、一生逢えぬ、骨がしゃりになって、墓に草がはえるまで逢うことができぬかも知れぬと書いた人がある。運命は一重の壁に思う人を終古に隔てるとともに、丸い池に思わぬ人をはたと行き合わせる。変なものは互いに池のまわりをまわりながら近寄ってくる。不可思議の糸の闇の世をさえ縫う。
「どうだい女連(れん)はだいぶ疲れたろう。ここでお茶でも飲むかね」と宗近君がいう。≫

 

藤尾に心を寄せている小野さんは、孤堂先生と小夜子と一緒である。
宗近君は、甲野さん、甲野さんの妹の藤尾、宗近君の妹の糸子の四人で、博覧会の見物に来ている。


二つのグループが、茶屋へ向かう…。

 

続きは、メルマガ「偉人列伝」八月号で配信します。

 

…『虞美人草』以後の作品では、甲野さんの親友「宗近君」のような人は、登場しません。「宗近君」がいなければ、甲野さんはじめ、小野さん、小夜子、糸子、みんなの人生は、厳しいものになっていたでしょう。

 

漱石は、これ以後、「宗近君」のような人物を登場させません。以後、どの作品の主人公たちも、「宗近君」の存在しない世界の中で、描かれている。

 


____



メールマガジン「偉人列伝」、


ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html


____


 

 

 

 

 

漱石の傑作『虞美人草』から。「博覧会」です。

夏目漱石の『虞美人草』です。
「博覧会」で「事件」が起こります。
誰かと誰かが一緒にいた、ということを誰かが目撃します。


ところで、この博覧会というものを漱石は、長々と書いています。これはこの物語の「甲野さん」の考え方に近いのだろうと思います。

≪蟻(あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存のうちに無聊(ぶりょう)をかこつ。立ちながら三度の食に就くの忙しきに堪えて、路上に昏睡の病を憂う。生を縦横に託して、縦横に死を貪るは文明の民である。文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経をかみそりに削って、人の精神をすりこぎと鈍くする。刺激に麻痺して、しかも刺激に渇くものは数(すう)を尽くして新しき博覧会に集まる。(中略)
蛾(が)は燈(とう)に集まり、人は電光に集まる。輝くものは天下をひく。金銀、しゃこ、瑪瑙(めのう)、瑠璃、閻浮檀金(えんぶだごん)、の属を挙げて、ことごとく退屈のひとみを見張らして、疲れたる頭を我破(がば)と跳ね起こさせるために光るのである。昼を短しとする文明の民の夜会には、あらわなる肌にちりばめたる宝石が独り幅を利かす。金剛石は人の心を奪うが故に人の心よりも高価である。ぬかるみに落つる星の影は、影ながら瓦よりも鮮やかに、見るものの胸にきらめく。きらめく影に踊る善男子、善女子は家を空しゅうしてイルミネーションに集まる。…≫(『虞美人草』十一)

 

ここでの博覧会についての記述は、ざっとこの倍くらい続きます。漱石は「文明論」も書いたり講演したりしていますが、それを想起させる記述です。小説なのに、文明論が織り込まれている。

 

吾輩は猫である』においても、登場人物たちの会話の中に、「これは!」と思わせるものが多々ありました。

 

 

 

 

____

 

 

メールマガジン「偉人列伝」、

 

ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html

 

____

 

 

引き続き、夏目漱石の傑作、『虞美人草』(ぐびじんそう)です。

「小野さん」という人。小野さんは、これから嵐に巻き込まれる。あくまで、巻き込まれる、という体裁だが、小野さん自身の「台風の目」のような存在そのものが、嵐を発生させているようにも思われる。

 

≪過去の節穴を塞ぎかけたものは現在に満足する。現在が不景気だと未来を製造する。小野さんの現在は薔薇(バラ)である。薔薇の蕾(つぼみ)である。小野さんは未来を製造する必要はない。蕾んだ薔薇を一面に開かせればそれがおのずからなる彼の未来である。未来の節穴を得意の管から眺めると、薔薇はもう開いている。手を出せば捕まえられそうである。早く捕まえろと誰かが耳のそばで言う。小野さんは博士論文を書こうと決心した。
論文ができたから博士になるものか、博士になるために論文ができるものか、博士に聞いてみなければ分からぬが、とにかく論文を書かねばならぬ。ただの論文ではならぬ、必ず博士論文でなくてはならぬ。博士は学者のうちで色のもっとも見事なるものである。未来の管をのぞくたびに博士の二字が金色に燃えている。博士のかたわらには金時計が天から懸かっている。時計の下には赤い柘榴石(ガーネット、ざくろ石)が心臓の焔(ほのお)となって揺れている。そのわきに黒い眼の藤尾さんがほそい腕を出して手招きをしている。すべてが美しい画である。詩人の理想はこの画の中の人物になるにある。
昔タンタラスという人があった。わるい事をした罰(ばち)で、ひどい目に逢(お)うたと書いてある。身体は肩深く水に浸かっている。頭の上には旨そうな果物が累々と枝をたわわになっている。タンタラスはのどが渇く、水を飲もうとすると水が退いて行く。タンタラスは腹が減る。果物を食おうとすると果物が逃げていく。タンタラスの口が一尺動くと向こうでも一尺動く。二尺すすむと向こうでも二尺すすむ。三尺四尺は愚か、千里を行き尽しても、タンタラスは腹が減り通しで、のどが渇き続けである。大方今でも水と果物を追っかけて歩いているだろう。 ― 未来の管をのぞくたびに、小野さんは、何だかタンタラスの子分のような気がする。それのみではない。時によると藤尾さんがつんと澄ましている事がある。長い眉を押しつけたように短くして、きっと睨めていることがある。柘榴石がぱっと燃えて、焔のなかに、女の姿が、包まれながら消えて行くことがある。博士の二字が段々薄くなって剥げながら暗くなることがある。時計が遥かな天から隕石のように落ちてきて、割れることがある。その時はぴしりという音がする。小野さんは詩人であるから色々な未来を描き出す。
机の前に頬杖(ほおづえ)を突いて、色ガラスの一輪挿しをぱっとおおう椿(つばき)の花の奥に、小野さんは、例によって自分の未来をのぞいている。幾通りもある未来のなかで今日は一層できがわるい。≫(『虞美人草』)




____



メールマガジン「偉人列伝」、


ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html


____



「メルマガ「偉人列伝」七月号を配信しました。

メルマガ「偉人列伝」令和元年7月号を配信しました。


今号の主役は『虞美人草』(夏目漱石著)、『うるわしき日々』(小島信夫著)です。



____



メールマガジン「偉人列伝」、


ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html


____


読書の楽しみ。ブック・ガイドにもいろいろあるが、私が昔はじめて手にしたブックガイドがたまたま目にとまったので、それを灰皿の脇に置いておいた。

灰皿の脇に置いて、タバコをすいながら、パラパラと眺めています。

『作家の値うち』という本で、書いたのは、批評家の福田和也氏。

この本は厳密には、ブックガイドというジャンルからはややずれている。

タイトルにある通り、「作家の値うち」を100点満点で評価する、という前代未聞のブックガイド。この書で80点以上に評価されている作品は、結構読みました。

 

100点満点で評価するわけだから、15点とか、23点とか、読むに値しない本というものも当然あるわけで、そうした「読まない方がいい作品」についても、福田氏の見解が冴えていて、非常に参考になりました。

2000年に初版が出ているので、かれこれ20年前ということになりますが、当時の福田氏の見解(批評)を読みながら、現在の彼ら(作家たち)のことを、タバコをふかしながら、あれこれ考えています。

 


____



メールマガジン「偉人列伝」、


ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html


____



 

漱石の小説『虞美人草』。

甲野さんと宗近君たちは京都の宿にたどり着いていた。雨が降っている。
掛け軸には、三本の筍(たけのこ)が描かれている。宗近君は何かと甲野さんに話しかけている。

 

≪「まあ立ん坊だね」と甲野さんは淋しげに笑った。勢い込んで喋ってきた宗近君は急に真面目になる。甲野さんのこの笑いを見ると宗近君はきっと真面目にならなければならぬ。幾多の顔の、幾多の表情のうちで、あるものは必ず人の肺腑(はいふ)に入る。面上の筋肉が我勝ちに踊るためではない。頭上の毛髪が一筋ごとに稲妻を起こすためでもない。涙管の関が切れて滂沱(ぼうだ)の観を添うるがためでもない。いたずらに劇烈なるは、壮士が事もなきに剣を舞わして床を斬るようなものである。浅いから動くのである。本郷座の芝居である。甲野さんの笑ったのは舞台で笑ったのではない。
 毛筋ほどな細い管を通して、捕えがたい情けの波が、心の底から辛うじて流れ出して、ちらりと浮世の日に影を宿したのである。往来に転がっている表情とは違う。首を出して、浮世だなと気がつけばすぐ奥の院へ引き返す。引き返す前に、捕まえた人が勝ちである。捕まえそこなえば生涯甲野さんを知ることは出来ぬ。
 甲野さんの笑は薄く、柔らかに、むしろ冷ややかである。その大人しいうちに、その速やかなるうちに、その消えて行くうちに、甲野さんの一生は明らかに描き出されている。この瞬間の意義を、そうかと合点するものは甲野君の知己である。斬った張ったの境(さかい)に甲野さんを置いて、ははあ、こんな人かと合点するようでは親子といえども未だしである。兄弟といえども他人である。斬った張ったの境に甲野さんを置いて、はじめて甲野さんの性格を描き出すのは野暮な小説である。二十世紀に斬った張ったがむやみに出てくるものではない。≫(『虞美人草』(三))

 

甲野さん、宗近君、それから小野さんは、二十七八才の青年である。藤尾は二十四才。

 


メールマガジン「偉人列伝」、
ご登録はこちらから。

http://www.mag2.com/m/0001682071.html